大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)2995号 判決 1969年3月26日
原告
伊藤忠輝
被告
関西電力株式会社
右代表者
芦原義重
右代理人
山本登
外四名
主文
被告が昭和三九年五月二八日開催した第二六回定時株主総会において、取締役会長太田垣士郎氏逝去につき弔慰金贈呈並びに退任役員に対し慰労金贈呈の件なる議案についてなした、その贈呈の金額、時期、方法等を取締役会に一任する旨の決議は無効であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
等一 申立
一 原告の申立
主文と同趣旨
二 被告の申立
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二 事実関係
一 原告の陳述
1 請求原因
(一) 原告は被告会社の株主である。
(二) 被告会社は、昭和三九年五月二八日、第二六回定時株主総会を開催し、同総会において、主文同旨の議案につき、定款にその額の定めのない、故取締役会長太田垣士郎に対する弔慰金および退任監査役豊田栄一に対する慰労金贈呈の金額、時期、方法等を取締役会に一任する旨の決議(以下本件決議と略称)をなした。
(三) しかしながら、死亡取締役、退任監査役に対する弔慰金ないし慰労金の金額の決定を取締役会に一任する旨の決議は、法に違反し、効力のないものであるから、その無効の確認を求める。
2 被告の主張事実に対する認否およびその主張に対する反論
(一) 被告の主張事実は争う。
(二) 被告は、本件決議が被告主張のような趣旨の黙示の条件を付してなされたものであるというけれども、仮りに、その慣例による基準なるものがあつたとしても、右のような黙示の決議がなされたと言えるためには、慣例による支給基準の内容を株主が了知していたことが必要であるのに、そのような形跡がうかがえないのみならず、右のような趣旨の決議は、株主総会において、少くとも、その最高限度額を決定した場合においてのみ有効と解すべきである。
また、被告は、本件決議のような形式の決議方法は一般の慣習であると主張しているが、そのような慣習は商法第二六九条に違反する無効のものである。
(三) 原告は、被告主張のように本件決議の後に株主となり、本訴を提起したものであるが、これは被告会社の放漫経理を是正し、被告会社並びに株主の利益を守る目的に出でたもので他意はない。この点について、被告が述べているところは、次の(1)、(2)のとおり、甚だ歪曲されたものである。
なお、原告は被告主張の五〇〇株の他、昭和四一年六月に五〇〇株、同年九月に一五〇株の株式を取得するにいたり、現に合計一、一五〇株の株主である。
(1) 被告主張の原告所有地は時価七億円にものぼるものであるのに、その入口に被告会社の鉄塔があり危険であるため、右土地全体の利用価値が激減しており、原告の要求は不当なものではない。
(2) 原告は、被告主張のように、他にも会社を相手取つて訴訟を提起し、その訴訟を取下げたことはあるけれども、右はいずれも、会社側より、資料等をもつて事情を明らかにするなどの誠意を示し、或は、原告の求める計算書類を交付して来たので、原告がこれを納得して訴を取下げたもので、決して裏面の取引により解決したものではない。
二 被告訴訟代理人等の陳述
1 請求原因の認否
請求原因(一)、(二)の事実は認める。
2 主張
(一) わが国において、株式会社の取締役および監査役等役員が死亡または退職した場合に、弔慰金または慰労金を贈呈するのが通例となつており、その贈呈にあたつては株主総会に付議し、贈呈の金額、時期、方法等は一定の基準に従うべき趣旨で、取締役会に一任する旨決議する慣行が古くから一般に行なわれ、そして、この一般の慣行は、古くは昭和四年六月五日言渡の大審院判決(昭和四年(オ)第三九七号)において、近くは昭和三九年一二月一一日言渡の最高裁判所判決(昭和三八年(オ)第一二〇号)において是認、支持されているところである。
そもそも、死亡又は退職した役員に対する弔慰金ないし慰労金については、金額算定の基準の一つとなる功績の軽重のように、株主総会の場において討議するに適しないものがあること、個人の所得の公表を儀礼上はばかる我が国の伝統的風習があること、特定人を対象とする一回限りのものであること等から、一種の間接的決定方法として本件のような決議方法が一般に慣行化され、事実たる慣習となつているものであるから、この慣行は尊重されねばならず(最高裁判所の前記判決は、その表現にかかわらず、その本旨は、この自治的慣行を認め、金額の決定が取締役会の恣意に流れず、合理的な慣行的基準((当該会社だけのものに限る必要はなく、むしろ業界一般の合理的基準と慣行をふくむ))に依拠する趣旨の委任ならば、これを認めようとする点にあると解すべきである。)、そして又、弔慰金もしくは慰労金の支給を受くべき当該役員は、取締役会に出席しないのであるから、いわゆるお手盛のおそれはない。
それ故に、死亡または退職した役員に対する弔慰金ないし慰労金について、一定の合理的な基準に従う制約のもとに、その金額等の決定を取締役会に一任する決議は商法第二六九条の趣旨に反しない有効なものというべきである。
(取締役会が、右決議の趣旨に反し、恣意的に過大な退職慰労金額もしくは弔慰金額を決定した場合には、取締役は会社に対して、善良な管理者の注意義務ないしは忠実義務違反による損害賠償責任を負う訳であるから、前記のように解しても、会社や株主の利益の保護に欠ける、ところはない。)
被告会社においても、昭和二六年五月一日設立以来本件決議のなされた株主総会直前の株主総会までに退任した代表取締役五名、死亡または退任した取締役一〇名、退任した監査役六名に対して、弔慰金または慰労金を贈呈してきたが、その金額の算定方法は、死亡または退任時の当該役員の報酬月額に、歴任した役職ごとの在任期間(常勤、非常勤の別、常勤であつた期間については監査役、取締役、常務取締役、専務取締役、副社長、社長または会長であつた期間)および各役職ごとに定まる一定の比率を乗じ(これを算式で示すと、退職時における報酬月額×各役職在任期間月数×各役職ごとに定まつている一定比率((会長、社長は一、副社長は0.9、専務取締役は0.8、常務取締役、監査役は0.7、非常勤取締役、監査役は0.6である。尚、退任時以前において、退任時より高位の役職にあつたときも、各役職別在任期間に区分して算定するのであるが、この場合には、最も高位の役職を辞任するまでの期間については、当該最高役職辞任の時における月額により算定することがある。))となる。)、これに功績の軽重を加味して算出するという一定の基準に則つてきており、(弔慰金の実例。昭和三八年七月在任中死亡の非常勤取締役中橋武一に付いては、前述の算式にもとづいて算定し、功績等の加味勘案金額を弔意の意を含めて前記算定額の約六分として贈呈金額を五五〇万円と決定。慰労金の実例。昭和三七年五月任期満了により退任した代表取締役副社長森寿五郎についても、前述の算式にもとづいて算定し、その功績等の加味勘案金額を右算定額の約二割三分として、贈呈金額を三、〇〇〇万円と決定)その贈呈にあたつては、その都度、株主総会の議に付し、前記一般の慣行に従い、「その金額、時期および贈呈の方法等は取締役会に一任する」旨の承認決議を得てきたものであつて、本件決議も同様、一般の慣行に従い、前記一定の基準に則るべき旨の条件を黙示してなされたもので、決して無条件の一任をしたものでなく、而して、株主の右一定の基準の認識は社会通念による推測可能の程度で足りるものというべく、最高裁判所の前記判決も、一定の基準の存在の必要を指摘するだけで、基準の公示を決議の有効性の要件とはなしていないのである。
従つて、本件決議は適法、有効なものである。
(二) 株主の株主総会決議無効確認の訴の提訴権は、いわゆる共益権に属し、株主個人の利益のためのみではなく、会社全体の利益のために行使すべきものであるところ、原告は本件決議のなされた日から一年有余を経た昭和四〇年六月に被告会社の株式五〇〇株を取得して株主となり、さらに一年を経過した後に本訴を提起したものであるうえ、原告の本訴に関しては、次の(1)、(2)のような事情があつて、到低、共益権の誠実な行使ということはできないものであるから、その請求は棄却さるべきである。
(1) 原告は、昭和四〇年二月、姫路市内の山林一八筆(公簿面積一三、七五一坪)を妻名義で買取り、被告会社が前所有者との間の円満な協定によりその地上に保有する送電線支持のための鉄塔と独立電話線支持のための木柱とを際去することを同年八月要求してきたので、被告はやむなく独立電話線支持の木柱を移設したが、鉄塔および送電線は移設に多大の困難を伴うため、鉄塔敷地二五坪の買受けと送電線下の土地約三〇坪についての補償を提案したところ、原告は一坪の時価一万円と推定される右土地の地代として月額二〇万円および賃借保証金として一二〇〇万円という常識を絶する高額な要求をなし、適正な価額により妥結しようとする被告の希望にもかかわらず、本件訴訟が係属中であることを理由として、右の交渉を延ばして今日にいたつている。
(2) 原告は、本件訴訟のほか、昭和三九年から四一年にかけて、吉本興業株式会社、株式会社高島屋工作所、株式会社栗本鉄工所などの会社に対し、株主総会決議無効確認等の訴を提起しながら、訴訟本来の目的をとげることなく、その都度示談して訴訟を取下げ、ひとりこれを争う被告に対してのみ本件訴訟を維持しているのである。
第三 証拠関係<略>
理由
一原告主張の請求原因(一)、(二)記載の事実は当事者間に争いがない。
二<証拠>を綜合すると、本件決議における弔慰金並びに慰労金は、当該退職役員の功労に報いる趣旨をも兼ね、在職中の職務執行に対する対価として支給されるものであることが認められるので、全体として、商法第二六九条(第二八〇条において準用される場合をも含む。以下同じ。)にいわゆる報酬に含まれるものと解すべく、定款にその額の定めがない本件においては、株主総会の決議をもつて、その額を定むべきものである。
三ところで、商法第二六九条の立法趣旨は、取締役、監査役の報酬の決定を取締役会にゆだねることが恣意によるいわゆるお手盛りの弊害を招き、会社並びに株主の利益を害するおそれがあるため、これを防ぎ、その公正を担保しようとするに尽きるのであるから、右法条は、株主総会みずからが、その金額を確定的に決定することなく、合理的な一定の枠を示し、その範囲内における具体的な金額の決定を取締役会に一任することまでも禁ずる趣旨のものではないと解すべく、このような枠の決定は株主総会の決議において明示的になされた場合は勿論、黙示的になされているものと認められる場合をも含み、かつ、その枠は、それに則つて算定すべき一定の基準が示されることをもつて足り、必ずしも、最高限度額を決定することまでが要請されているものではないというべきである。
何故ならば、このように、株主総会において一定の枠を決定した以上、取締役会の裁量の範囲は当然これに羈束されるため、いわゆるお手盛りの弊を防止しようとする法の趣旨は一応満足されているものであり、反面、もし取締役会において、その委任の本旨に反し、恣意的に過大な金額を決定したときは、取締役は会社に対して損害賠償責任を負い、株主もこれについて代表訴訟を提起し得ることとなつて、この点から、会社及び株主の利益は保護されるので、敢えて、かかる株主総会の決議を無効と解さねばならぬ程の必要性も乏しいと考えられるからである。
四そこで、本件決議の内容について考察するに、被告は、本件決議につき、被告主張のような一定の基準に則り金額等の決定をなすべき旨の制限が黙示的になされたものである旨主張するが、右主張を容認し得るには、まず、根本的には被告主張の一定の基準の存在することが必要であり、つぎに右基準が存在するとしても、それが法の要求しているお手盛防止の基準に合致していることが必要であり、さらに右一定の基準に則り金額等の決定をなすべき旨の制限が黙示されたと言えるには、右一定の基準の存在が株主一般に知られているか、もしくは、容易に知り得る状況にあることを要する(基準の個々具体的な内容まで知ることを要するものではない)と解する、
ところで、被告は、右主張事実の立証として<証拠>を提出し、又右証言を援用し、而して右証拠、就中、右証人小林の第一回証言には一定の基準が存在している旨の右主張事実にそうものがあるが被告の主張によるも、右基準は何時、如何なる機関によつて設けられたかの具体的なことは明らかにされず、また、従前の死亡もしくは退職した役員に対する弔慰金額もしくは慰労金額が、右一定の基準に則つていることを具体的に明らかにしてない点、その他弁論の全趣旨を綜合すると、前掲各証拠は、たやすくこれを右基準の存在を認定する資料として採用し難く、他に右一定の基準が存在しているとの事実を認めるに足りる証拠はない。
被告は、当該会社に一定の基準がなくとも、業界一般の合理的基準に依拠すべき旨の制限が付されているのであれば足りるかのような主張をなすが、かかる見解は商法第二六九条の前記法意と遙かにかけ離れ、これを無視する見解で採用し難い。
つぎに、被告の主張によると、死亡または退職役員に対する弔慰金額または慰労金額は、死亡または退職時における当該役員の報酬月額と在任中歴任した各役職ごとの在任期間、各役職ごとに定まる一定の比率により算出し右算出した金額に功績の軽重を加味して若干の金額を加える場合があるというのであるが、その主張によるも功績の軽重による加算金算出基準ないし枠についての定めはなく、右加算金算出にあたつては取締役会の恣意にゆだねられていると解される。(右加算金割合の具体例として被告の主張するところによると、非常勤取締役中橋武一については約六分、代表取締役副社長森寿五郎については約二割三分である。而して、証人小林昇の第二回証言によると、本件の取締役会長太田垣士郎については、右加算金割合は約三割で、その弔慰金額は、最終報酬月額50万円×155箇月1.0((役職比率))×約3割((功績加算金割合))、即ち一億円と算定されている。)そうすると、被告主張の基準なるものを全体として見ると、右基準には、商法第二六九条の要求していると考えられる程度の一定の枠がないことに帰着すると考えられる。
さらに又、被告の主張する一定の基準が存在し、かつ、右基準が法が要求する基準に合致すると仮定した場合において本件決議につき、右一定の基準に則り金額等の決定をなすべき旨の制限が黙示してなされたといえるかどうかについて考察するに、前顕乙第二号証によると、本件決議を得るために提案された議題は、取締役会長太田垣士郎氏逝去につき弔慰金贈呈ならびに退任役員に対し慰労金贈呈の件とあるだけで、株主総会における右提案説明においても、右各金額算出につき一定の基準による旨の提案説明はなされていないこと、証人小林昇の第二回証言によると、右一定の基準の存在を株主に周知させる方法はとつていなかつたことが各認められ、また、本件より前の死亡もしくは退職役員に対して支給された弔慰金もしくは慰労金が幾らであつたか、その額はいかなる基準によつたかを、従前各該当の株主総会に報告して計算書類の承認を得たと認めうる資料もなく、結局、株主一般において、一定の基準の存在を認識(基準の個々具体的条項の認識を意味しない。)するか、容易に認識し得べき状態にあつたと認め得べき証拠はない。そうすると、本件決議は被告主張のような制限を黙示してなされたとみる訳にはいかない。
以上、要するに、被告主張の一定基準の存在を認めるに足りる証拠はなく、仮りに右基準が存在しているとしても、右基準は商法第二六九条の要求する基準に合致するものとは考えられず、さらに又、右基準が商法第二六九条の要求する基準に合致するとしても、本件決議において右基準に従うべき旨の制限が黙示的に付されたとは言えないから、本件決議は商法第二六九条に違反し無効である。
被告は、原告の本件訴の提起は、共益権の誠実な行使とは言えない旨主張するが、その主張の事由を以てしては、本件訴の提起を以て権利の濫用と言うことはできない。
よつて、本件決議の無効確認を求める原告の本訴請求は、これを正当として認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(井上三郎 松下寿夫 滝川治男)